道元禅師の坐禅法
『普勧坐禅儀』より
一坐る場所
静かな場所を選ぶ。
厚めの坐蒲(ざふ)の上に坐る。
二足の組み方
結跏趺坐(けっかふざ)が基本。
難しければ半跏趺坐(はんかふざ)でもよい。
三手の形(法界定印)
左手を上に、右手を下に重ねる。
親指の先を軽く触れ合わせ、楕円形を作る。
手は足の上に置く。
四姿勢
背筋をまっすぐに伸ばす。
左右に傾かず、前後にも反らない。
耳と肩、鼻とへそが一直線になるよう意識する。
顎を少し引く。
舌を上あごにつける。
唇と歯は自然に閉じる。
目は閉じず、半眼で前方を見る。
五呼吸
鼻で自然に呼吸する。
呼吸を無理に調整しない。
六心の持ち方
思量箇不思量底
不思量底、如何思量
非思量
考えが浮かんでも、そのまま。
消そうともしない。
追いかけもしない。
ただ坐っている。これが「非思量」である。
思量=考えを巡らせること。
不思量=「考えまい」と意識的に抑え込むこと。
非思量=考えがあってもなくても、それに振り回されず、ただ坐っていること。
七坐禅とは
夫れ参禅は静慮にはあらず
坐禅は安楽の法門なり
坐禅は単なる瞑想や思索ではない。仏の智慧をそのまま実践する安らぎの法門である。
只管打坐
しかんたざ ── ただひたすら坐る。
要点
一姿勢を正す。
二呼吸を自然にする。
三思考を追わず、拒まず、ただ坐る(非思量)。
修証一等
坐禅は悟りを得るための手段ではない。坐ること自体が仏の行いであり、修行と悟りは一つ。
坐禅で気をつけたいこと
仏道においては、人が世界を認識する働きを六根(ろっこん)という。六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意の六つであり、このうち意は、考えたり、感じたり、記憶したり、判断したりする心の働きを指す。
坐禅で大切なのは、この意の働きと、「自分」という観念や、「これが私の心だ」という思い込みを混同しないことである。
坐っていると、「私は今、坐禅をしている」「雑念が多い」「心が乱れている」「悟るにはどうすればよいのか」といった思いが次々と現れる。しかし、それらもまた、意の働きによって生じた一つの思考にすぎない。
このように、坐禅をしている自分を、もう一人の自分が評価したり監視したりしている状態を、禅では「二人連れ」と戒める。「よく坐れている」「今日は駄目だ」と判断しているかぎり、すでに思考に巻き込まれているのである。そういう評価は一切いらない。
その評価する自分もまた、意の働きとして現れた一つの思考にすぎない。思考を追いかけず、退けようともせず、ただ坐る。これが、道元禅師のいう非思量の姿勢である。
無我
釈尊の悟り
釈尊(しゃくそん)は、現在のネパール南部からインド北部にかけて存在した釈迦族(シャカ族)の王子、ゴータマ・シッダールタとして生まれたと伝えられている。
王子として何不自由なく暮らしていた釈尊は、老い、病、死という避けることのできない現実に直面した。それまで守られていた生活の中では見えなかった生老病死の苦しみを知り、その根本的な解決を求めて、29歳の時に妻子や王子としての地位を捨て、出家した。
出家後の釈尊は、当時最高とされた修行を学び、さらに自ら肉体を極限まで苦しめる苦行を行った。六年間にわたり厳しい修行を続けたが、身体を痛めつけることによっては、生老病死の根本的な解決には至らなかった。
釈尊は、極端な苦行では悟りに至れないことを知り、それを離れた。そして菩提樹の下に坐り、静かに坐禅を続けた。その時、村娘スジャータから乳粥の供養を受け、それをありがたく受け取って体力を回復した後、再び坐り続けたと伝えられている。
そしてある夜、明けの明星が輝く時、釈尊は悟りを開いた。
長い間、解決しようとしていた生老病死の問題。しかし、そこで明らかになったのは、生老病死に思い悩んでいた「私」というものは、もともと観念であり、実体ではなかったということであった。
生老病死に思い悩んでいても、四六時中それに悩んでばかりもいられない。本人も気づかないほど、いつの間にか忘れ去ってしまう。その時、生老病死はいったいどこにあるのであろうか。初めからどこにも存在しないのである。また再び思い出して、思い悩みだすと言われるかも知れない。しかし、思い出したところで、所詮観念であって実体ではない。放っておけばいいのである。手を付けなければそのうち消え、気にもならなくなるだろう。思いの中の「私」が問題にするから、それだけ悩みが続くのである。
釈尊は、生老病死に思い悩んでいた「私」という迷いが、坐禅によって、いつの間にか消え去っていたことを知り、思い描いていた生死を超えていたのである。
思いの中の生老病死の問題など、まったく意に介さず、六根(眼耳鼻舌身意)は働き続ける。六根の働きには、生老病死の問題などない。ただ宇宙とともに変化し続けるだけである。ただ諸行無常である。
これが、釈尊の悟りである。
道元の悟り 身心脱落
道元禅師は、24歳の時に中国(宋)へ渡り、諸方の禅師を訪ねて修行した。そして、ついに天童山の如浄禅師のもとで修行することになった。
ある夜、道元が禅堂で坐禅をしていた時のことである。隣で坐っていた修行僧が居眠りをしていた。それを見た如浄禅師は、坐禅中の眠りを厳しく戒め、警策を振るった。その音を聞いた瞬間、道元の中で大きな転機が起こった。
それまで「悟りを得たい」「修行している」という思いの奥にあった、「私」というとらわれが消え去っていたのである。
道元はその体験を如浄禅師に、
身心脱落しました
と伝えた。
すると如浄禅師は、
脱落身心
と応えた。
「身心脱落」とは、身と心から「私」という執着が抜け落ちるという意味である。しかし、如浄禅師が「脱落身心」と言い直したのは、さらに深い意味を示したものだった。
身や心から「私」が抜け落ちたというより、そもそも身と心は初めから「私」という観念によって成り立っていたものではない。身も心も、ただそのまま働いている。その事実が明らかになることが「脱落身心」である。
「私」という思いは、意の働きによって生じた一つの観念にすぎない。身も心も、もともと「私」という観念と関係なく働いている。道元は、そのことを身をもって明らかにしたのである。
身心脱落とは、意の働きを否定することではない。見る、聞く、考える、感じる、判断するという働きがなくなることではない。「私が見ている」「私が考えている」という執着が脱落し、身も心も本来の働きをそのまま現すことである。
後に道元禅師は、『正法眼蔵』「現成公案」において、
仏道をならうというは、自己をならうなり
自己をならうというは、自己を忘るるなり
自己を忘るるというは、万法に証せらるるなり
と説いた。
道元の悟りとは、何か新しいものを得たことではない。「私」という思い込みが消え去り、もともとそうであった身心のあり方が明らかになったのである。
意の働き
仏道において、意とは、世界に目覚めている、内面に目覚めている、考える、感じる、記憶する、判断するという心の働きを指す。
私たちは普段、「私が考えている」「私が感じている」「私が判断している」と思っている。しかし、よく観察すると、思いも感情も判断も、意の働きとして自然に現れているものであり、それを自在に支配している「私」が存在しているわけではない。
意の働きは、「私」という観念とは別に、条件に応じて起こり、変化し、消えていく。
「私」が意を動かしているのではない。むしろ、意の働きの中に「私」という観念が生じ、それを実体あるものと思い込んでいるのである。
そこから、「私が坐禅している」「私はよく坐れている」「私は迷っている」と、坐っている自分をもう一人の自分が評価し、監視する「二人連れ」が生まれる。
しかし、その評価する自分もまた、意の働きによって現れた一つの思いに過ぎない。
意の働きで生じる思いも、感情も、判断も、生命の自然な現れである。
ただ、それを「私のもの」としてつかまず、現れては消えていく働きとして受け入れるのみである。
そこに、「私」という幻想から離れた、本来の身心のあり方が現れる。
無我無心
「無我無心」とは、禅において説かれる本来の身心のあり方を表す言葉である。
無我とは、「私」という実体はないということである。「私は私である」「これは私のものだ」と、意の働きによって作られた観念を実体としてつかまないことである。
無心とは、何も考えないことでも、感情を失うことでもない。思いは起こる。感じることも、判断することもある。ただ、そこに「私」という思いを加え、執着しないことである。
眼は見、耳は聞き、身は触れ、意は働く。六根の働きは止まることなく現れている。しかし、その働きの中に、独立した「私」という主人を見出すことはできない。
無我無心とは、生命の働きを失うことではなく、「私」という余計な隔たりを離れ、身心が本来の働きをそのまま現している姿である。
自己を忘じる
「自己を忘じる(じこをぼうじる)」とは、道元禅師の『正法眼蔵』「現成公案」にある有名な言葉である。
仏道をならうというは、自己をならうなり
自己をならうというは、自己を忘るるなり
自己を忘るるというは、万法に証せらるるなり
自己を忘じるとは、意の働きが消えることでも、意識を失うことでもない。ここでいう「自己」とは、「私はこういう人間だ」「私が正しい」「私が評価されたい」「私が得をしたい」といった、自分を中心に据える思いや執着のことである。
その自己へのとらわれがなくなると、世界を自分の都合や価値判断だけで見るのではなく、目の前の事実をそのまま受け入れるようになる。これが「自己を忘るる」ということである。
自己を忘れても、見る、聞く、考える、判断する、行動するといった働きがなくなるわけではない。眼・耳・鼻・舌・身・意の働きは、そのまま続いている。ただし、その働きの中心に「私が見ている」「私が考えている」「私がしている」という思いがない。
茶道や書道、あるいは剣道などに深く集中しているとき、「自分がやっている」という意識がなくなり、身体と思考がいつのまにか自然に働くことがある。これが自己を忘じるということである。
したがって、自己を忘じるとは、意の働きをなくすことではなく、「私」という観念への執着を離れることである。無我であっても、意の働きは止まらない。むしろ、「私が」という思いに妨げられなくなったとき、意はその場に応じて、より自由に働くのである。
是非を管すること莫れ
「是非を管すること莫れ(ぜひをかんすることなかれ)」は、道元禅師の『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』にある言葉である。
諸縁を放捨し、万事を休息して
善悪を思わず、是非を管すること莫れ
「諸縁を放捨し、万事を休息する」とは、外の出来事や日常の用事をひとまず手放すことである。「善悪を思わず、是非を管すること莫れ」とは、坐禅中に起こる思いや状態を、「よい」「悪い」「正しい」「間違っている」と判断し、あれこれ取り扱わないということである。
坐っていると、「今日はよく坐れている」「雑念が多くて駄目だ」「この坐り方で正しいのだろうか」といった思いが現れる。しかし、そうした評価や判断も、意の働きによって生じた一つの思考にすぎない。それを追いかけたり、退けたり、坐禅の良し悪しを決める材料にしたりしない。
これは、坐禅において、自分の状態をもう一人の自分が監視し、評価する「二人連れ」にならないようにする教えである。
道元禅師は、この後に、
心意識の運転を停め
念想観の測量を止めて
作仏を図ること莫れ
と続ける。思考によって坐禅を測ったり、悟ろう、仏になろうと企てたりすることさえ手放し、ただ坐るのである。
「是非を管すること莫れ」とは、坐禅の最中に起こる一切を、自分の思いで評価して取り扱わず、そのままにしておくことである。
柳緑花紅
「柳緑花紅(やなぎはみどり、はなはくれない)」は、禅でよく用いられる言葉である。
文字どおりには、「柳は緑であり、花は紅である」という意味である。
柳は柳であり、花ではない。花は花であり、柳ではない。それぞれがそれぞれの姿として現れている。
私たちは物事を見る時、そこに自分の価値判断や好悪、比較を重ねる。「美しい」「醜い」「良い」「悪い」と分け、自分の思いによって世界を塗り替えてしまう。
しかし、柳は人の評価によって緑になるのではない。花は誰かに認められることで紅く咲くのではない。
柳はただ柳としてあり、花はただ花としてある。
そこには優劣も、差別もない。それぞれが、それぞれの条件の中で、ありのままの姿を現している。
柳を花に変えようとせず、花を柳と比べることもしない。ただ、そのものをそのまま見る。
それが、禅でいう「あるがまま」であり、本来の面目を見るということである。
眼はただ見、耳はただ聞く。六根は余計な判断を加えることなく、目の前の事実をそのまま受け取る。
柳緑花紅とは、特別な境地を求める教えではない。
目の前に現れているものを、思い込みで覆わず、そのままに見る。
柳は緑、花は紅。
そこに、生命そのものの真実が現れている。
風が動くのか、幡が動くのか
ある寺で、風に吹かれて幡(はた)が揺れていた。それを見た二人の僧が議論を始めた。
一人は、
風が動いているのだ
と言い、もう一人は、
いや、幡が動いているのだ
と言った。二人は互いに譲らず、いつまでも言い争っていた。
そこへ通りかかった六祖・慧能禅師は、二人に向かって言った。
風が動いているのではない
幡が動いているのでもない
仁者の心が動いているのだ
原文では、
不是風動
不是幡動
仁者心動
という。
風が動いているのか、幡が動いているのか。それは現象をどう説明するかという議論である。しかし二人の僧は、自分の考えこそ正しいと主張し、その思いにとらわれていた。
慧能禅師が指摘したのは、風や幡の動きではなく、それを見て判断し、争っている二人の心の動きである。
目の前の事実に対して、「これはこうだ」「自分が正しい」「相手が間違っている」と思いをめぐらせる。そこから対立が生まれる。風や幡が人を争わせているのではない。自分の考えをつかんで離さない心が、争いを生み出しているのである。
ただし、「すべては心が作り出した幻であり、実際には風も幡も動いていない」という意味ではない。風は吹き、幡は揺れている。慧能禅師は、その事実とは別に、自分の判断を握りしめて争う心の働きを示したのである。
風が動く。幡が動く。そして、それを見て思いが動く。その思いを「私の正しい考え」としてつかんだとき、事実から離れ、分別の争いが始まるのである。
まだ女を抱いているのか
これは、明治期の曹洞宗僧侶・原坦山(はら・たんざん)と、同行していた奕堂(えきどう)という僧の逸話として伝えられている。
二人が諸国を巡っていた時、ぬかるんだ道で立ち往生している若い女性に出会った。原坦山は、ためらうことなく女性を抱き上げ、足場のよい場所まで運んで降ろした。そして、何事もなかったかのように歩き始めた。
ところが奕堂は、その行為が気になって仕方がなかった。僧が女性に触れてよいのか。戒めに背く行為ではないのか。しばらく歩いた後、とうとう我慢できなくなり、原坦山を責めた。
すると原坦山は、からからと笑って答えた。
私は、あの女性をとっくに置いてきた
お前は、まだ抱いていたのか
女性を抱いて運んだという出来事は、すでに終わっている。しかし奕堂は、その出来事を頭の中で何度も取り上げ、いつまでも抱え続けていた。
身体は女性を降ろしていても、思いの中でつかみ続けていれば、その出来事は終わらない。過ぎ去ったことに善悪や是非をつけ、「許せない」「間違っている」と握りしめているかぎり、人はそれを持ち歩き続けるのである。
また、頭の中の規則や戒律に縛られすぎると、目の前で困っている人の苦しみが見えなくなることがある。規則を守ることにとらわれるあまり、他者の不幸に寄り添えない人間になってしまっては、本末転倒である。戒律は人を遠ざけるためにあるのではなく、人を傷つけず、慈悲をもって行動するためにある。
手放すとは、無理に忘れることではない。すでに終わった出来事を何度も取り上げ、「私の怒り」「私の正しさ」「許せない出来事」として抱え込まないことである。
川辺に置いてきたものを、いつまでも頭の中で抱いて歩かない。この逸話は、出来事をつかんで離さない思いが人を縛ること、そして規則にとらわれて目の前の人を見失ってはならないことを示している。
喫茶去
「喫茶去(きっさこ)」は、趙州禅師の有名な禅語である。文字どおりには、「お茶でも飲みなさい」という意味である。
ある僧が趙州禅師を訪ねてきた。趙州はその僧に尋ねた。
以前、ここへ来たことがあるか
僧が「あります」と答えると、
喫茶去
と言った。別の僧が「初めて来ました」と答えても、
喫茶去
と言った。それを聞いていた院主が尋ねた。
なぜ、来たことのある者にも、初めて来た者にも、同じようにお茶を勧めるのですか
すると趙州は、
喫茶去
と答えたという。
悟った者であろうと、修行を始めたばかりの者であろうと、そこに違いをつけているのは人の思いである。お茶を飲むという一つの行為の前に、肩書きや評価、身分、過去の経験などは何の意味も持たない。
生命そのものには、「偉い」「未熟だ」「価値がある」「価値がない」といった印はついていない。ただ生きているという事実があるだけである。
見る、聞く、感じる、呼吸する。その生命の働きは、誰かに与えられた肩書きによって変わるものではない。悟った者の生命も、初めて修行する者の生命も、お茶を勧める者の生命も、同じように今ここで現れている。
「喫茶去」とは、特別な境地へ行けという教えではない。頭の中で作った優劣や比較を離れ、目の前の一杯の茶に帰ることである。
ただ茶を飲む。ただ生きている。そこに、生命そのものの真実が現れている。
拈華微笑
「拈華微笑(ねんげみしょう)」は、釈尊と摩訶迦葉(まかかしょう)にまつわる禅の有名な伝承である。
ある時、釈尊が説法の場で、ただ一輪の花を手に取り、黙って掲げた。多くの弟子たちがその意味を理解できずにいる中で、迦葉だけが微笑んだという。
言葉によって教えを説明するのではなく、目の前に現れている事実そのものが、そのまま真実を示している。これが拈華微笑が象徴する禅の姿である。
私たちは、物事を見る時、「私」という立場を置き、そこから世界を理解しようとする。しかし、本来の生命の働きには、「私」という仲介者は存在しない。
眼はただ見、耳はただ聞き、身はただ触れ、意はただ働く。六根は、この宇宙の働きと切り離されることなく、縁に応じて自然に現れている。
花を見る時、「私が花を見ている」のではない。花と眼と見る働き、そのすべてが一つの生命の働きとして現れている。
そこに「私」という余計な思いを差し挟んだ瞬間、事実そのものから離れ、分別の世界が始まる。
拈華微笑とは、言葉を超えた特別な体験を得ることではない。目の前に現れているものを、余計な思いを加えず、そのまま受け取ることである。
宇宙の働きと寸分違わず、六根は今この瞬間も働き続けている。
その働きの中に、「私」という隔たりはない。
ただ生命が、生命として現れているのである。
不立文字・教外別伝
「不立文字・教外別伝(ふりゅうもんじ・きょうげべつでん)」は、禅の教えを表す有名な言葉である。
「不立文字」とは、文字や言葉だけに真実を求めることはできないという意味である。「教外別伝」とは、経典や教えの言葉を超えて、師から弟子へ直接伝わるものがあるという意味である。
しかし、これは経典や言葉を否定するものではない。言葉は真実を指し示す大切な道しるべである。ただ、言葉によって理解しただけでは、まだ頭の中の理解にとどまっている。自ら実践し、身をもって明らかにして初めて、真実となる。
言葉は、思いを形にしたものである。観念は言の葉であり、事実そのものではない。
どれほど「水」という言葉を重ねても、実際に水を飲まなければ、その冷たさや潤いを知ることはできない。同じように、悟りや生命の真実について、どれほど言葉で説明しても、それを概念として理解するだけでは届かない。
眼は見、耳は聞き、身は触れ、意は働く。その六根の働きは、言葉が生まれる以前から、すでに現れている。
事実そのものには、説明も解釈も付いていない。
「私」という思いを通して世界を見るのではなく、余計な観念を離れ、目の前の事実に直接触れる。その時、言葉を超えた真実が明らかになる。
不立文字・教外別伝とは、言葉を捨てることではない。言葉にとどまらず、その先にある現実を自ら明らかにせよ、という教えである。
生老病死
仏陀は、生老病死という現象そのものを解決したのではない。
人は老い、病み、やがて死ぬという事実から逃れることはできない。「私」がどう考え、何を願おうとも、それとは関係なく、肉体は生まれた時から変化を続け、老い、病を得ることもあり、やがて死んでいく。
肉体そのものに、「私の」という思いがついているわけではない。「これは私の身体である」という思いは、肉体の側にあるのではなく、意の働きによって生じた観念にすぎない。
肉体は「私」の所有物ではない。親や他の誰かの所有物でもない。組織のものでもなく、まして国のものでもない。ただ、さまざまな条件によって生じ、変化し、老い、病み、やがて滅していく生命の現象である。
仏陀が見抜いたのは、この避けがたい事実に対して、「老いたくない」「病みたくない」「死にたくない」「この私だけは失われたくない」と執着することで、苦しみが深まるということであった。
老いや病による身体の痛みは避けられない。しかし、その痛みそのものに迷いがあるわけではない。それを「私のもの」としてつかみ、拒み、恐れ続けることで、心の苦しみが生じるのである。
あらゆるものは条件によって生じ、絶えず変化し、固定した実体をもたない。これが無常であり、無我の道理である。
仏陀は、生老病死する肉体を「変わらない私」や「私のもの」としてつかむ無明と執着を滅した。
つまり、生老病死から逃れることによって解決したのではない。生老病死するものを「私」や「私のもの」としてつかまないことによって、その苦しみを超えたのである。
ただし、執着を離れたからといって、老いによる身体の不調や病による痛みが消えるわけではない。それらの軽減や回復は医学の領域である。
仏道が明らかにするのは、痛みや変化をなくす方法ではない。
変化し続ける生命の中に、変わらない「私」を求めて苦しむ迷いから離れる道である。
老いる身体は老いる。病む身体は病む。死すべき身体は死ぬ。
しかし、その中に「私」という固定したものを探さない時、生老病死に縛られない自由が現れる。
それが、生死を超えるということである。
一切皆苦
「一切皆苦(いっさいかいく)」とは、仏教における四法印の一つである。
ここでいう「苦」とは、単なる苦痛や不幸を意味するものではない。あらゆるものが変化し続け、私の思いどおりにはならないという事実を指している。
私たちは、自分の身体や人生を「私のもの」と考え、自分の意思によって支配できると思っている。しかし、老いも、病も、感情も、思考も、生命そのものの働きも、「私」の思いだけで自由に決められるものではない。
この身体は、「私」が所有し、動かしているものではない。森羅万象の働きの中で生じ、条件に応じて変化し、働き続けている。
眼は見、耳は聞き、身は働き、意は思いを起こす。それらは「私」の命令によって起こるのではなく、諸々の条件によって自然に現れている。
仏道でいう「諸法無我」とは、あらゆるものに固定した「私」という実体がないということである。
「私」の力で世界を思い通りにしようとするところに、苦しみが生まれる。
一切皆苦とは、人生を否定する教えではない。すべてのものを「私のもの」としてつかむことを離れ、変化し続ける生命のあり方を、そのまま受け入れて生きることである。
生死を超える
生死を超えるとは、生きることや死ぬことがなくなるという意味ではない。肉体は生まれ、変化し、老い、病み、やがて死んでいく。その事実から逃れることはできない。
生死は、「私」の意思によって起こるものではない。生は「私」が望んで始まったのではなく、死もまた「私」の思いによって止めることはできない。「私」がどう考え、何を願おうとも、それとは関係なく、肉体は生死していくのである。
生死そのものに、「私」や「私の」という思いはついていない。それを勝手につけているのが「私」である。私たちは、生を「私の生」、死を「私の死」としてつかみ、「この私だけは失われたくない」と恐れる。そこに、生死そのものとは別の苦しみが生まれる。
生死を超えるとは、生死の外へ逃れることでも、生死を思いどおりに支配することでもない。生死に「私」を持ち込まず、生死するものを「私」や「私のもの」としてつかまないことである。
生はただ生として現れ、死はただ死として現れる。生死に「私」が関わる余地のないことが明らかになれば、生死はあっても、それを「私の苦しみ」として抱え込むことはない。これが、生死を超えるということである。
不生不滅
不生不滅とは、何ものも生まれず、何ものも滅びないという意味ではない。現象として見れば、あらゆるものは生じ、変化し、やがて消えていく。
しかし、そこに固定した実体があるわけではない。さまざまな条件が集まることで一つの姿が現れ、条件が変わることで、その姿も変化していくのである。
「私」もまた、固定した実体ではない。身体や感覚、記憶、思考などの働きに対して、意が「私」という思いをつけているにすぎない。その思いは現れては消えるが、実体としての「私」は、もともと生じていない。
生じていないものが、滅びることもない。したがって、不生不滅とは、生死する固定した「私」があるという思いを離れ、あらゆるものに実体がないことを明らかにする道理である。
我思う、故に我在り
ある近代の哲学者、デカルトは「我思う、故に我在り」と述べた。あらゆるものを疑っても、疑っている自分、考えている自分の存在だけは疑うことができない。だからこそ、「考える私」は確実に存在すると考えたのである。
しかし、本当にそうだろうか。
「私が考える」ことによって、「私」という存在が証明されるのだろうか。考えるという働きから、考えている主体としての「私」という実体を導き出すことができるのだろうか。
例えば、頭の中でバナナを思い浮かべたとしても、それによって目の前に実際のバナナが現れるわけではない。観念は観念であり、そこから実体が生じるわけではない。
同じように、「私」という思いが生じていることと、「私」という実体が存在することは別のことである。
仏道では、「私」は意の働きによって生じた観念であり、実体ではない。考える働きはある。しかし、その働きの中に「考えている私」という独立した実体を見出すことはできない。
「我思う、故に我在り」とは、思考する自我の確実性を示した言葉である。しかし仏道は、その思考の中に現れる「私」そのものを問い直す。
「私」は、考えることによって存在するのではない。「私」は考えようが考えまいが存在しない。なぜなら、観念に過ぎないからである。人間は考えや感覚に対して、「私」という観念を付け加え、それを実体であるかのように思い込んでいるのである。
本来無一物
「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」は、六祖・慧能に結びつけられる言葉である。文字どおりには、「本来、何一つとして所有できるものはない」という意味である。
ここでいう「ない」とは、目の前の世界や肉体が存在しないということではない。固定した実体としてつかみ、「私のもの」として所有できるものは何一つないということである。
眼は色や形を見、耳は音を聞き、鼻は香りを嗅ぎ、舌は味わい、身は触れ、意は考え、感じ、判断する。眼・耳・鼻・舌・身・意という六根の働きは、今この瞬間に現れている。しかし、その働きを所有する「私」という実体があるわけではない。
眼が見ているところへ、「私が見ている」という思いが生じる。耳が聞いているところへ、「私が聞いている」という思いが加わる。身体が働いているところへ、「これは私の身体だ」「これは私の命だ」という観念がつけ加えられる。
しかし、六根の働きそのものに、「私」や「私の」という印がついているわけではない。
私たちは、身体、財産、地位、家族、知識、思想などを「私のもの」としてつかみ、所有していると思っている。しかし、それらはさまざまな条件によって一時的に現れ、絶えず変化し、やがて離れていく。「私」が永遠に所有し続けられるものは、何一つない。
さらにいえば、六根の働きさえ「私のもの」ではない。見ようとしなくても、眼に入るものは見える。聞こうとしなくても、音は聞こえる。意には、さまざまな思いが浮かんでは消えていく。六根は「私」の命令によって初めて働くのではなく、条件に応じて、おのずから働いているのである。
本来、所有できるものは何一つない。今ここにあるのは、六根の働きと、それによって現れている世界である。それを「私」や「私のもの」としてつかんだところから、執着と苦しみが始まる。
本来無一物とは、すべてを失い、何もなくなることではない。もともと所有する「私」がいなかったことが明らかになることである。「私のもの」という思いを離れれば、見るものはただ見え、聞こえるものはただ聞こえる。今ここにある事実が、そのまま現れているのである。
覚者を体現する存在
それは、物心がつく前の赤ん坊である。
赤ん坊は、「私」という観念をもって生まれてくるわけではない。「私」と「他」を分けることなく、ただ、あるがままに存在している。
私たちの本来の面目もまた、赤ん坊と何ら変わらない。しかし成長するにつれて、「私」と「他」を隔てる観念が生まれ、いつしか本来のありようを見失ってしまうのである。
無我 横山大観
横山大観の日本画に「無我」という作品がある。
そこに描かれているのは、物心がつく以前の、あどけない童子の姿である。大人の着物を身にまといながら、何かを主張することもなく、ただ静かに佇んでいる。
その姿には、「自分はこういう人間である」という自己意識や、他者との比較、評価を求める思いなど、微塵も現れていない。
人は成長するにつれて、「私は私である」「これは私のものだ」「私はこう見られたい」という自己像を作り上げていく。しかし、そこに現れる「私」とは、意の働きによって形づくられた一つの観念に過ぎず、実体ではない。
大観が描いた童子の姿は、そのような観念が付着する以前の、人間本来のあり方を表している。
そこには、自他を分けてつかむ思いも、何かを得ようとする欲も、何かを失う恐れもない。ただ生命そのものが、ありのままに現れている。
その静かな佇まいには、言葉では表し尽くせない幽玄の趣がある。目に見える童子の姿を通して、目には見えない、無我の生命の奥深さが静かに浮かび上がっている。
「無我」とは、意の働きを否定することではない。見る、聞く、感じる、働くという生命の営みを失うことではない。
「私」という思いが余計に付け加えられる以前の、純粋な身心の働きに帰ることである。
横山大観の「無我」は、人間が本来具えている、分別以前の姿を描いた作品である。
則天去私
「則天去私(そくてんきょし)」は、夏目漱石が晩年に用いた言葉である。漱石自身が揮毫した書も残されている。
「則天」とは、天に則(のっと)ること。「去私」とは、私心を去ることを意味する。
ここでいう「私」とは、「私はこういう人間である」「これは私のものだ」「私が正しい」と、自分を中心に世界を捉えようとする観念である。
人は、「私」という思いを軸として世界を見る。しかし、その「私」とは、意の働きによって生じた一つの観念に過ぎない。
欲望や感情、さまざまな思いが起こることは、意の働きとして自然である。それを無理に消そうとする必要はない。ただ、それを追いかけず、「私の思い」としてつかまなければ、やがてその思いは静かに消えていく。
問題は、思いが起こることではない。そこに「私」という観念を重ね、執着することである。
「私」という隔たりを離れた時、天地自然の働きの中で生きている、本来の姿が現れる。
眼は見、耳は聞き、身は働き、意は思いを起こす。その六根の働きは、もともと宇宙の働きと切り離されたものではない。生命は、天地自然の中で、その働きのままに現れている。
「去私」とは、意の働きを消し去ることではない。考えること、感じること、判断することを否定することでもない。「私」という余計な思いを離れ、本来の身心の働きに任せて生きることである。
則天去私とは、「私」という観念によって作られた隔たりを超え、本来の面目を現すことである。
そこには、天地自然とともに働く、自由で自在な生命の姿がある。
無位の真人
「無位の真人(むいのしんにん)」は、臨済禅師の言葉である。
「無位」とは、位や肩書き、立場を持たないという意味である。「真人」とは、作られた自己像や執着を離れた、本来の人のあり方を指す。
私たちは、「私はこういう人間である」「私はこの立場にいる」「私はこう評価されている」と、自分自身にさまざまな名前や役割を付けて生きている。しかし、それらは社会の中で作られた一時的な姿であり、本来の自己そのものではない。
本来の面目には、「私」という観念は何一つ付いていない。
眼は見、耳は聞き、鼻は香りを嗅ぎ、舌は味わい、身は触れ、意は考え、感じ、判断する。六根はただその働きを現している。その生命の働きに、「私」や「私のもの」という印が付いているわけではない。
無位の真人とは、特別な能力を持った人でも、悟りを得た一部の人でもない。肩書きや評価、過去の経験によって作られた「私」という思いを離れ、本来の身心の働きのままに生きる人である。
見る時にはただ見る。聞く時にはただ聞く。働く時にはただ働く。
そこに余計な「私」という思いを加えない。
本来の面目には、誰にでも違いはない。悟った者も、迷っている者も、地位ある者も、名もない者も、すべて同じ生命の働きの中にあり、悟りの真っ只中に生きている。
無位の真人とは、誰か特別な人になることではない。誰もがすでに具えている、本来のあり方に帰ることである。
随処作主、立処皆真
「随処作主、立処皆真(ずいしょにしゅとなれば、りっしょみなしんなり)」は、臨済禅師の言葉である。
「随処」とは、どこにいても、どのような状況にあってもという意味である。「作主」とは、主人となること。しかし、ここでいう主人とは、我を張り、自分の思いを押し通すことではない。外の評価や周囲の状況がどうであろうと、「私」という思いに縛られず、本来の身心の働きのままに、その場に応じて働くことである。
「立処皆真」とは、この身体が立っているその場所、その瞬間が、そのまま真実であるという意味である。
私たちは、理想の場所や特別な境地を求め、今ここではないどこかに真実を探そうとする。しかし、道は遠くにあるものではない。
眼は見、耳は聞き、鼻は香りを嗅ぎ、舌は味わい、身は触れ、意は思いを起こす。六根は縁に応じて自然に働き、その時、その場において生命の働きを現している。
しかし私たちは、その働きに「私がいる場所」「私が成し遂げること」「私が評価されること」という思いを重ね、自分自身を縛ってしまう。
本来の面目には、固定した「私」というものはない。六根はただ働き、その場に応じて自在に現れる。
随処作主とは、「私」を強く押し出すことではない。「私」という思いに支配されず、本来の身心の働きに任せて生きることである。
どこにいても、どのような状況であっても、そこが道の現れる場所である。
今いる場所が、そのまま真実である。
それが「随処作主、立処皆真」の教えである。
磨塼作鏡ませんさっきょう
瓦を磨いて鏡となす
ある時、馬祖道一は一心に坐禅修行をしていた。
それを見た南嶽懐譲禅師は、そばで一枚の瓦を取り出し、黙って磨き始めた。
馬祖が尋ねた。
何をしているのですか
南嶽は答えた。
瓦を磨いて鏡にしようとしている
馬祖は言った。
瓦をいくら磨いても、鏡になるはずがありません
すると南嶽は言った。
それならば、坐禅して仏になろうとすることも同じではないか
坐禅は、瓦を磨けば鏡になるように、何か別のものになるための手段ではない。
「悟った私」になるために坐るのではない。すでに現れている身心の働きを、そのまま生きるために坐るのである。
私たちは、「今の自分では足りない」「もっと良い自分にならなければならない」と考え、未来に理想の自分を求める。しかし、その思い自体が、今ここにある事実から離れる原因になる。
瓦は瓦であり、鏡ではない。瓦を鏡に変えようと執着する心こそが迷いを生む。
坐禅とは、別の何者かになることではない。
「私」という思いによって、本来の身心を支配し制御しようとすることをやめ、すでに現れている生命の働きに、そのまま落ち着くことである。
百尺竿頭進一歩
「百尺竿頭進一歩(ひゃくしゃくかんとういっぽをすすむ)」は、中国唐代の禅僧・長沙景岑(ちょうさ けいしん)禅師の言葉として伝えられる禅語である。
百尺もの高い竿の先まで登りつめたなら、そこからさらに一歩を進めるという意味である。
しかし、これはさらに高い境地を求めよ、という意味ではない。むしろ、到達したと思った境地さえも手放せ、という教えである。
修行を重ね、悟りを得たと思う。「私は悟った」「私は真実を理解した」と思った瞬間、そこには新たな「私」という執着が生まれている。
悟りという理解も、真実を知ったという思いも、意の働きによって現れた一つの観念にすぎない。思いはどこまでも思いであり、それを固定し、真実そのものとしてつかんではならない。
事実そのものには、「悟った」「悟っていない」「正しい」「間違っている」という思いは付いていない。
眼は見、耳は聞き、身は働き、意は思いを起こす。ただ生命の働きが、そのまま現れているだけである。
百尺竿頭進一歩とは、最後に「悟った私」さえも手放し、何かを得ようとする思いから離れることである。
高い場所へ登るのではない。
握りしめていた思いを離れ、本来の身心の働きが、ただ明らかになるだけである。
不除妄想、不求真
不除妄想、不求真(ふじょもうぞう、ふぐしん)とは、『永嘉証道歌(ようかしょうどうか)』の一節で、「妄想を除かず、真を求めず」という意味である。
頭の中には、さまざまな思いや妄想が次々と湧き起こる。しかし、それらをいちいち取り上げ、消そうとしたり、正そうとしたりする必要はない。また、頭の中で真実や悟りを思い描き、それを追い求める必要もない。
なぜなら、この肉体は、思いが真実を求めるよりも前から、すでに真実のただ中を生きているからである。妄想を除こうとすることも、真実を求めようとすることも、ともに意の働きによって生じた思いにすぎない。
妄想が起これば、起こるままにする。真実を求める思いが起これば、それもそのままにする。どちらにも取り合わず、ただ今の事実に任せる。これが「不除妄想、不求真」の示すところである。
平常心是道
「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」は、南泉禅師の言葉として伝えられる禅語である。文字どおりには、「普段の心、そのままが道である」という意味である。
私たちは、悟りというものを特別な境地として求める。迷いのない心、乱れない心、何か高い境地に到達した心を想像し、今の自分とは別の場所に道を探そうとする。
しかし禅が示す道は、特別な状態を作り出すことではない。
食べる時には食べる。歩く時には歩く。働く時には働く。見る、聞く、感じる、考えるという日常の働きの中に、すでに道は現れている。
ありのままの身心の働き。それが本来の面目である。
眼は見、耳は聞き、鼻は香りを嗅ぎ、舌は味わい、身は触れ、意は思いを起こす。六根は、誰かが所有して操作しているものではなく、条件に応じて自然に働いている。
しかし私たちは、その働きに「私が見ている」「私が考えている」「私が生きている」という思いを重ねる。そして本来そのまま現れている世界を、自分の評価や判断によって分け、苦しみを生み出していく。
平常心とは、何も考えない心でも、感情をなくした心でもない。意の働きを否定することではない。「私」という余計な思いを加えず、身心の働きをそのまま受け取ることである。
本来の身心は、何かを求めて付け加える必要はない。今ここで働いている六根、そのありのままが道なのである。
平常心是道とは、遠くにある悟りを探すのではなく、今この瞬間の生命の働きに帰る教えである。
日日是好日
「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」は、雲門禅師の言葉として伝えられる禅語である。文字どおりには、「毎日がよい日である」という意味である。
しかし、これは毎日が楽しく、思いどおりにいく日であるという意味ではない。
私たちは、「今日は良い日だった」「今日は悪い日だった」と、その日の出来事に自分の価値判断を加える。思いどおりになれば喜び、思いどおりにならなければ不満や苦しみを抱く。しかし、その「良い」「悪い」という判断は、出来事そのものではなく、意の働きによって付け加えられたものである。
晴れの日もあれば、雨の日もある。喜びの日もあれば、悲しみの日もある。しかし、その一日そのものには、「良い」「悪い」という印はついていない。
今日という日は、二度と戻ることのない、ただ一度だけ現れた時間である。そのかけがえのない一日を、過去への後悔や未来への不安によって失うのではなく、今ここに現れている事実として受け取る。
「今日は良い日だ」「今日は悪い日だ」と日々に価値をつけて分けるのではなく、目の前の一日を、そのまま生きる。
日日是好日とは、どんな日であっても、それを受け入れて我慢するという教えではない。良い悪いという思い込みを離れたとき、どの一日も、かけがえのない一日として現れるという教えである。
今日という日は、今日にしかない。
その一日を、そのまま生きる。それが「日日是好日」である。
長々と理屈を書いてきた。
だが、覚者である赤ん坊には、そもそも理屈がない。
理屈なく六根が働き、成仏している。
